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大阪地方裁判所 昭和46年(わ)3920号 判決 1975年3月31日

本籍

大阪市阿倍野区北畠三丁目一二番地の九

住居

同市西成区旭北通四丁目九番地

製鋼業

村田武治

大正一五年九月二六日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官桐生哲雄、弁護人徳田勝各出席のうえ審理を遂げ。次のとおり判決する。

主文

1. 被告人を懲役八月および罰金一一〇〇万円に処する。

2. この裁判確定の日から一年間右懲役刑の執行を猶予する。

3. 右罰金を完納することができないときは金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪市西成区南開五丁目七番地等において、大栄金属工業所の商号で製鋼業を営んでいるものであるが所得税を免れようと考え、昭和四三年分の所得金額が八六八六万三九四九円であり、これに対する所得税額が五五二三万六〇〇〇円であるのにかかわらず、売上圧縮、仕入過大記載などの行為により、右所得金額のうち六九三六万三九四九円を秘匿したうえ、昭和四四年三月一五日大阪市西成税務署において、同税務署長に対し、同年分の所得金額が一七五〇万円で、これに対する所得税額が七六五万八〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により所得税四七五七万八〇〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一、被告人の当公判廷における供述および検察官に対する各供述調書(六通)

一、大蔵事務官作成の被告人に対する各質問てん末書(四通)

一、被告人作成の貸倒明細書

一、証人岡田勝美、同国本太郎および同村田義雄こと全義夫の当公判廷における各供述

一、次の者の検察官に対する各供述調書

飯田秀子(二通)、岡田勝美(二通)、直島秀雄、船曳壮伴、村田義雄こと全義夫

一、大蔵事務官作成の村田富子および石原吉徳に対する各質問てん末書

一、次の者の作成した各供述書

岩原昇、松下宏、中野末男

一、次の者が作成した各確認書

本林賢二(日本電機重工業K・K)田中敏一(田中歯車工業K・K)、東芝貫蔵(日本ロープK・K)、河部勇(英和精工K・K)林鉄夫(K・K 若江鉄工)、横山敏雄(大阪トヨタ自動車K・K)、西村(大阪トヨタフオークリフトK・K)、小野牧夫(関西電力K・K難波営業所)、小倉為太郎(近鉄モータースK・K大阪支店)、森田貞次郎(ダイコク電機K・K)、鎌田道海(鎌長製衡K・K)、橋本(神奈川電機K・K大阪支店総務部収計課)、塚本清(塚本総業K・K))、福原晃(住友銀行粉浜支店長)、畑利昭(伏見信用金庫河原町支店)

一、検事本井甫作成の捜査報告書

一、検事桐生哲雄作成の報告書

一、西成税務署長認証の所得税確定申告書写(昭和四三年分)

一、大蔵事務官橋本福男作成の調査事績報告書類

一、次の大蔵事務官作成の各査察官調査書類

長田和昭(三綴)、柴田一郎(三綴)、船曳壮伴(三綴)、直島秀雄(三綴)

一、押収してある次の証拠物(昭和四七年押第四〇七号)

使用済支払手形等一級(符号一)、受取手形控帳(飯田机上、昭和四三年四月以降)一冊(同二)、請求書控(昭和四二年一二月ないし同四四年一〇月、丸鋼インゴツト)八冊(同三)、売上帳(昭和四二年四月一日~同四三年一月二〇日、インゴツト丸鋼)一綴(同四)、雑書(飯田机下敷下)一綴(同五)、ナツト仕入帳(昭和四三年五月二〇日~現在)一冊(同六)、スクラツプ購入鋼塊出荷台帳四二冊(同七)、領収証控および用紙一冊(同八)、請求書一綴(同九)、辻産業株式会社関係書類一綴(同一〇)、住吉経費帳(昭和四二年一二月二一日~同四三年七月二〇日、同年同月二一日~同年一二月一五日)二綴(同一一)、六角売上帳(昭和四三年九月二一日~同四四年三月二〇日)一綴(同一二)、スクラツプ仕入帳(昭和四二年一一月二一日~同四三年三月二〇日、同年六月二一日~同年一二月二〇日)二綴(同一三)、仕入台帳(昭和四三年一月二一日以降)一綴(同一四)、売上帳(昭和四二年九月二一日~同四三年三月二〇日、同年同月二一日~同年九月二〇日)二綴(同一五)、スクラツプ仕入帳(昭和四三年三月二一日~同年六月)一綴(同一六)、本社経費帳(昭和四二年一二月二一日~同四三年七月二〇日、同年同月二一日~同年一二月二〇日)二綴(同一七)、不渡手形二二二枚(同一八)、本社経費帳(昭和四三年一二月二一日~同四四年六月二〇日)一綴(同一九)、住吉経費帳(昭和四三年一二月一五日~同四四年六月二〇日)一綴(同二〇)、スクラツプ仕入帳(昭和四三年一二月二一日~同四四年六月二〇日)一綴(同二一)、不渡手形六一枚(同二二)、仕入帳(K・K本田商店、昭和四四年六月期)一綴(同二三)、仕入帳(K・K本田商会、昭和四三年六月期)一綴(同二四)、買掛金勘定元帳(朝日製鋼K・K、一四期)一冊(同二五)、買掛金勘定元帳(朝日製鋼K・K、一五期)一冊(同二六)、請求複写簿(岡本建設工業K・K、昭和三九年一二月~同四二年一〇月)六冊(同二七)、四二年分決算資料(岡本建設工業K・K)一綴(同二八)、不動産売買契約證書二通および同白紙(白紙委任状付)一通(同二九ないし三一)

(被告人、弁護人の主張に対する判断)

本件において被告人、弁護人は、(1)被告人には所得税ほ脱の犯意がなかつたから無罪である、(2)しからずとするも被告人の犯則所得額は、検察官主張の如きものではなく、少なくとも、(イ)国本太郎に対する貸付金の貸倒れ損失(三〇〇〇万円)、(ロ)同人に対する売掛金の貸倒れ損失(五八八二万二八九五円)、(ハ)臨時工員賃料、退職金、福利厚生費等諸経費(一九五九万二八〇〇円)がそれぞれさらに控除されるべきである(結局、昭和四三年度は欠損ということになる。)、旨主張している。当裁判所は、前掲各証拠を検討した結果、これらを全て排斥し、判示のとおり認定したので、その理由を説明する。

(1)  ほ脱の犯意について

前掲各証拠を総合すれば、被告人は、「ウソがなければ、まともなことをやつていては、誰も太つていけないじやないか」(査察官の質問てん末書-四四・一一・一四付)との気持、「(従業員の負傷に対する補償など)資金のたくわえを作つておく必要があり、法律では認めていないことかもしれませんが……必要なので」(検察官に対する供述調書-四六・一一・一二、八枚綴)、あるいは「(正確に申告しても)貸倒れを私のいうとおりの額でみとめてくれない(から)」(検察官に対する供述調書-四六・一一・一二付、一一枚綴、当公判廷における被告人および岡田の供述もほぼ同旨)との理由により、飯田、岡田らの協力をえて、正確に記載されていたいわゆる「統計表」などの売上、仕入を減じたり、経費を水増ししたりして、事実と異る資料をととのえ、これに基いて税務当局と交渉して確定申告手続をとつていたことが認められるのであつて、被告人に所得税ほ脱の犯意が存したことは明らかである。

(2)  犯則所得額について

(イ) 国本太郎に対する貸付金関係

被告人が、義理の従弟に当り、かつ、「狭山磨ナツト製作所」を経営し、「大栄金属工業所」と取引関係のあつた国本太郎に対して、その事業のための資金援助、売掛金回収等の趣旨で、昭和四〇年、同四一年頃二回にわたり各一五〇〇万円を貸与し、昭和四三年当時金三〇〇〇万円の事業上の貸付金債権を有していたことについては、これを認めるのが相当である(検察官の指摘するように、被告人が査察段階で、他の貸付金債権、国本への売掛金債権などを詳細、具体的に供述しながら、本件貸付金につき何ら供述していない点など-被告人作成の貸倒れ明細の供述書、検察官に対する供述調書、四六・一一・一二付一二枚綴、四六・一一・一八付一二枚綴など参照。-若干の疑問がない訳ではないが、借用書類がなく、人的物的担保をとらなかつたことは、必ずしも本件においては不自然といえず、関係者のほぼ一致した供述を全面的に虚偽と排斥することは相当でないと考えられるからである。)。

しかしながら、証拠によれば、右貸付金債権について昭和四三年中に貸倒れとなつたものと取扱うことは到底できないのであつて、右時期は早くとも昭和四四年一月と解するのが相当である。すなわち、弁護人は、昭和四三年一二月下旬までに貸倒れがあつたとする根拠として、(a)被告人は、国本太郎の事業不振等に憤慨し、昭和四三年一二月下旬頃同人を足蹴りなどする行為により、同人(狭山磨ナツト)に対する売掛金債権などと共に本件貸付金債権を放棄したものであり、(b)被告人が国本に対し昭和四四年一月以降新たな取引を行つていないこと(売掛金が発生していないこと)、昭和四四年一月以降の融資要請を拒んでいることなどの事情も昭和四三年一二月の段階で国本太郎が支払不能の状態にあり、被告人がそのように判断してその措置をとつていたことの証左であり旨主張するのであるが、右(a)の点についての被告人、国本、全、岡田など関係者の当公判廷における供述は、昭和四三年一二月下旬ないし同四四年一月頃に国本が被告人方を訪ねて事業の継続、債務の処理などにつき話し合いをしたとの点でほぼ一致するとはいえ、その時期、話し合いの趣旨、同席者の有無、「放棄」意思の表われといわれる国本に対する暴力の内容など具体的な点が相互にくいちがつているばかりか、各自の供述自体問者が変ると変動したりする極めてあいまいなものであつていずれも容易に措信できず、これを明らかとなしえないうえ、仮に、その主張どおりの事実があつたとしても、そのような一時的、感情的な行為をもつて、直ちにその時点で貸付金債権が貸倒れになつたといえないことはいうまでもないところであり、(b)の点も、それ自体が昭和四三年中に貸倒れとなつたことの有力な事情とはいえない(なお、少くとも昭和四三年一二月二一日以降同三一日までに新たな売掛金債権が生じていることは明らかなところ、国本太郎は、同三〇日に取引があつた旨証言している。)そして、国本太郎はすでに昭和四一年、同四二年頃にも不渡手形を出すなどしたことがあつたが、種々の援助等により事業を継続していたもので、その第一勧銀堺支店の当座預金口座は昭和四四年一月三一日に解約されるまで存続し、不渡処分の発表は同年二月三日であつたこと、その直後である同年二月七日、村田義雄(全義夫)の名義で三和銀行萩ノ茶屋支店との当座取引が開始され、国本の事業は、「村田ナツト製作所」として継続されたこと(右当座は同四五年一一月一一日に解約されていること)、国本の申し出により、当時常勤ではなかつたとはいえ税務にくわしく被告人方の経理面を手伝つていた岡田が直接関与して、被告人と国本太郎との間に、昭和四四年一月二〇日付の同人所有の不動産に関する売買契約が締結されていること(その代金の一部につきその支払と被告人の有する貸付金債権-但し、本件貸付金とは発生時期、金額を異にする。-と相殺するなどの条項を有し。売渡時期を同三〇日とするもの)、被告人自身前記貸倒れ明細書や検察官に対する供述調書中で、狭山磨ナツト=国本太郎の倒産は昭和四四年一月であつた旨明確に供述していること、などの事実が認められるのであるから、被告人の本件貸付金債権は、国本太郎の資産状況、支払能力などから考えて回収不能となり、貸倒れとなつたものと取扱われるべきであるが、その時期は早くとも昭和四四年一月下旬であつて、被告人自身も本件確定申告時において、本件貸倒れが昭和四三年期のものではないと認識していたことが明らかである。弁護人らの主張は理由がない。

(ロ) 国本太郎に対する売掛金関係

被告人が、国本太郎の経営する「狭山磨ナツト製作所」に対して、昭和四三年一二月末日現在で売掛金債権一三九五万三一九六円を有していたこと、同時点で満期を経過した手形金債権七〇四万五四五六円を有していたことさらに、昭和四四年一月一日以降同年一二月末日までを満期とする手形金債権三七八二万四二四三円を有していたことがそれぞれ認められる。

しかしながら、右売掛金債権等は、前記(イ)において説明したと同様の理由により昭和四三年中に貸倒れとなつたものとはいえないから、弁護人らの主張は理由がない。

(ハ) 諸経費関係

被告人や証人岡田の当公判廷における供述によると、被告人が事業上の経費として、経費帳簿に記載することなく、四八・一一・二一付意見書二の(2)ないし(6)のとおり年間二〇〇〇万円に近い現金を支出したことが一応うかがえる(但し、その正確な数額については、必ずしも明確でなく、例えば、弁護人らは、四九・一・三一付意見書において、すでに認容された一〇〇〇万円のほかに一〇九万七〇〇〇円の退職金が支出された旨主張しているが、このような具体的数額の算出された根拠は極めてあいまいである。)。

しかしながら、本件においては、(a)査察段階において経費帳などに記載されていないが、当座預金等から引出されたもので、小切手の取立人の氏名、住所等により経費に支出されたものと推認されるべき分が、「その他経費」として金二二七五万八七九六円)認容されているほか、(b)検察庁段階において、被告人の供述に基き、退職金として金一〇〇〇万円、給料賃金として金一五六〇万円、が認容されているのであつて、弁護人ら主張の現金支出分のうち、福利厚生費、接待交際費、旅費、交通費、雑費などは右(a)の認容分などに含まれているものと認められるし、今北常吉ら関係の労賃分は、右(b)の認容分に含まれていると解されるのであり(被告人は、当公判廷で、検察官には今北の名前を出さなかつたので、これは認容されていない筈であるとか、今北は二名いるとか、種々の説明をしているが、その四六・一一・一二付一二枚綴の検察官調書において、被告人が今北の名前こそあげないが、釜ケ崎で毎日一五、六人を集めて使用し、一人平均三〇〇〇円の日当で月一二〇ないし一三〇万円支払つている旨供述している分、そして、検察官が右に基き月間一三〇万円、年間一五六〇万円を認容した分は、その内容から考えると弁護人ら主張の今北分に該当することが明らかである。)、その他被告人らの公判廷の供述を検討してみても、すでに認容ずみの明細不明の経費をこえて、他に認められるべき経費があるとは考えられないから、弁護人らの主張は採用できない(なお、弁護人らは、昭和四一年、同四二年の各所得についても、国税当局の査察結果につき再調査を求めたところ、各二〇〇〇万円弱の減額が認められており、右は現金支払経費分に関するものであつて、本件弁護人らの妥当性を裏付ける事実である旨指摘している。右減額分が何であるかは必ずしも明らかといえないが、いずれにせよ、本件において、検察官が、査察段階の判断に加えて追加認容した経費分は前記のとおり二五六〇万円であつて、その絶対額の点でも、当初査定分に対する減額分の比率の点でも、右弁護人ら指摘の昭和四一年同四二年分の場合とほぼ合致する結果となっているのである。)。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、所得税法第二三八条第一項に該当するので犯情により、懲役刑と罰金刑を併科し、その罰金額につき同法同条第二項を適用したうえ、その刑期および罰金額の範囲内で、犯行の動機、態様、結果、被告人の経歴、事業内容、犯行後の事情などを考慮して、被告人を懲役八月および罰金一一〇〇万円に処することとし、懲役刑については刑法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から一年間その執行を猶予し、右罰金を完納することができないときは、同法第一八条により金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀内信明)

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